明けの明星に浮かぶ下弦の月

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「ぶっ。分かった分かった。 子猫はともかく親猫を手なずける方が余程大変そうだ。 さて、本気で拗ねられる前に行くよ」 「あ、な、なぁ!東稔井の本宅に乗り込んだって本当か?」 動き出そうとした腕を十朱に掴まれた。 「ああ……まぁ。 色々とあったが取り敢えず向こうの両親に 以降千歳の縁談をすべて断って欲しいと願い出た」 「うわ……凄いな、お前はやっぱり。 今後はあの東稔井ファミリーの仲間入りか、頑張れよ」 あまりに他人事に応援している姿をみて俺はニヤリと笑った。 「お前さ、他人事じゃないぞ?」 「は?」 「お前らの事も親父さん達にバレてる」 「!!!!!!!!!!!!?」 背後で声にならない悲鳴を上げている十朱を置いて ザマーミロと笑いをこらえながら 千歳のところに戻るやいなや開口一番、 「なにニヤニヤしてるんですか。 ……十朱さん本当に綺麗な人ですよね」 嫉妬してくれるのは嬉しいが、だからといって誤解は避けたい。 「そう?俺にはお前の方が魅力的だけど? それに―――こんなことしたいと思うのもお前だけだ」 自販機の陰で素早くキスをした。 「さっきもアイツにお前のこと自慢してしてた」 と唇を離した後、耳元に。 「…………チッ」 怒るに怒れなくなった千歳は 顔を真っ赤にして舌打ちをした。 この千歳の独特の照れるスタイルが俺は堪らなく気に入ってる。 ――――それは車内での会話中のこと。 「今、何て?」 千歳があの後、光忠さんに何か言われませんでしたか? という台詞から始まった。 千歳が告発をしにホテルへ来た日のこと。 『此処に録音録画機材があります。 が、全部ダミーです。 此処での話は全てオフレコです。 私に何も話さなくて結構です。 言いたいことは全て後で部長に直接話して下さい』 『……意味が』 『今から一芝居打ちますのでくれぐれも邪魔は無しでお願いします。 私もちょっと知りたいことがあるので。 貴方もあの人の本音の一部分を知ることが出来ると思いますよ。 きっと貴方を必死に庇うでしょうから。 これはなかなかの見物ですよ。 良いですね?ある程度は私の演技に付き合って下さいね』 『……は、はぁ…………??』 あまりに迫真の演技だったので 途中から光忠さんは本気なのかと思って焦りました、と。 光、忠……め。 まんまとしてやられた。 にしてもだ―――― 後日、 「お前、学生時代、演劇部かなんかだったのか?」 と聞けば、 「いえ、テニス部の部長でした」 「…………あ、そう」 しれっと、しかも何処か清々しくさえ感じる態度に 成程こういう時に俺の昇進への恨みを晴らしている訳かと理解した。 本当にいい性格をしていらっしゃる。
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