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仕事を休んでまで、服務規程に違反してまで同僚に手伝いを申し出たのは、お迎えに抵抗した母が迷える魂になることを危惧したからだった。
上司の指示ではない同行は服務規程違反だが、大した罪ではない。
「二人がかりでも、相当てこずると思います」
話しながら、僕らは母の寝室へ向かう。この家は庭も広い。その庭に大きな鯉のぼりがたなびいていた。
「お迎えに参りました。死神です」と告げて差し出した僕の手を、母はあっさりと取った。
年老いて、母も穏やかになったのかもしれない。拍子抜けした僕らは顔を見合わせた。
母の手を引き、僕は空へと昇り始める。
屋根を抜けた時、母がついっと反対の手を伸ばした。屋根より高い、経年劣化でボロボロになった鯉のぼりに。
そして、呟いた。
「あなたがおじさんになったのは、これのおかげ?」
息がとまるほど驚いた。僕がわかったのか!
母は僕に微笑んだ。
「わかるわ、親だもの。見損なわないでちょうだい」
中学二年の時、僕は「もう鯉のぼりはいらない」と母に言った。
クラスで鯉のぼりを立ててもらっているのは僕だけで、それを級友にからかわれたのだ。
僕の意思を尊重した母は翌年、鯉のぼりを立てなかった。
川遊び中に僕が溺れて死んだのは、その直後だった。
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