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真人の脳裡に映像がよみがえる。
目の前に広がるコスモスの花畑。
歓声をあげてぐるぐる回れば、三百六十度、見渡すかぎりに広がるコスモスの花の海。
幼い頃の、自分のなかの最も古い記憶だ。
父も母もいた。離別も貧困もなかった。愛情に満たされた、平穏な、幸福の唯一の記憶だ。
心やすまる眺め。
真人の思考と行動の原点となっている原風景だった。
コスモスは自分の自我の奥底にその風景を見つけたのだ。
極論なんかない、平和な風景。
真人は、瞳が急速に光をなくしていくミクを抱いた。
空が陰り、町の風景が黒ずんで見える。
ミクがささやいた。
「世界中が、コスモスの花で覆いつくされたら、いいわね。そして、花を踏みつける者が、いなければ……もっといい」
真人はうなずいた。
「ああ、そうだね。そのほうが良い眺めだよ」
肯定する言葉を安心して口にする。
もう自分はコスモスとリンクしていないのだから。自分は神ではなくなったのだから。
そうはならない。
血を流すミクの首に手を当てる。
傷口に、薄いビニールの切れ端みたいなものがあるのに気づいた。
ミクの肉に埋め込まれていたのは、真人の首に何十年も前に埋め込まれたものと同じ、コスモスとリンクするための装置のチップだった。
真人は力なく肯いた。
「いいさ、それで」
ミクの最期の思いはコスモスに届いたのだ。
(了)
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