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だが最早、手遅れかもしれなかった。
国家は機能を停止し暴力の騒乱状態は真人の町をも呑み込んだ。
武装した暴徒が真人の住むマンションを一戸ずつ略奪し、破壊した。
逃げ惑う人々は、暴徒が去ると、死体の転がる焼け跡を茫然とさ迷った。
くすぶる煙と血の臭いがよどむ廃墟のあちこちから、家族の名前を呼ぶ声がした。
「翔斗、ミク」
真人は声を枯らして歩きまわった。
広場の石段の下に、頭を割られて転がる翔斗を見つけ、立ちすくんだ。
そばのプラタナスの木にもたれて、ミクが放心して座っている。血が流れて地面に広がっている。
真人は駆け寄ると、ミクの視線を捉えようとして前に回り込み、ひざまずいた。
「ミク」
ミクの瞳に、憎しみがあふれている。無力な悲しみ、かもしれなかった。
ミクの血の付いた唇が動いた。
「残りの、八十五パーセントも消えるべきよ」
何を言うんだ、それは違う、そんなことは考えずに翔斗を早くつれて帰ろう。
頭のなかのその気持ちが、口に出る前に押しとどめられた。
真人は虚ろな視線を翔斗の死骸に向ける。
極論へと暴走しているのはAIではなくてヒトのほうなのだ。
「あなた、このあいだの、コスモスの花の意味がわかる?」
「え? ああ……あれは……コスモスからのメッセージ……世界を手に入れた勝利宣言?」
ミクは弱々しく首を横に振った。
「違うわ。あなた話してくれたことがあったわね。自分のなかで一番古い記憶を」
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