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僕が小学生の頃、両親は離婚した。
あやふやな記憶ではあるが、小学生の時には、両親の会話はほとんど無かった気がする。僕の目の前で派手な喧嘩をするようなことはなかったが、二人の間には冷たい空気が漂っていたのは間違いない。
やがて二人は離婚し、その際の話し合いにより、僕は母に引き取られることとなった。それから高校生になった今まで、父とは数えるほどしか会っていない。
もっとも、今さら会いたいとも思わないが。父は、決して悪い人間ではない。むしろ友人として付き合えば、面白い人間だったのだろう。だが、親としての資質には欠けていた。責任感というものがまるでなく、どこか夢の世界で生きているような雰囲気を漂わせていた。
何せ最後に会った時、父はこんなことを言っていたのだ。
「俺はまだ終わっちゃいねえ。これから、一発でっかい花火を打ち上げてやるからよ」
僕は苦笑するしかなかった。こんな夢想家の男が家庭を持っても、上手くいくはずがない。
あれは、十年近く前のことだ。まだ両親の間に、愛という感情が、ほんの僅かでも存在していた頃の話である。
僕ら家族は、滝川村という山奥の集落へと行った。表向きの理由は家族旅行であったが、今にして思えば何か別の目的もあったのかもしれない。滝川村には、父の遠い親戚が住んでいたのだから。
ひょっとしたら、金の無心のために来たのかもしれない。何せ、父という男は当時から自由人だったから。
だが、そんな大人の事情など、幼い子供に分かるはずもない。自然に囲まれた滝川村は、当時の僕にとって楽しい遊び場だった。野山を探検し、川の魚や蟹などの動きを見たり、虫の声に耳をすませたりした。
そんな中、僕は彼女に出会った――
「あんた、誰?」
田んぼに囲まれた田舎道を歩いていた時、不意に背後から聞こえてきた声。振り返ると、そこには小さな子が立っていた。短く刈られた髪、白いタンクトップと半ズボン姿だ。僕より背は小さく、大きな目でこちらを真っ直ぐ見ている。
僕は首を傾げる。地元の少年だろうか。
「えっ……いや、誰と言われても……」
僕が答えに窮していると、その子はつかつか近づいて来た。
「あたし、宮内穂香。あんた、名前は?」
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