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そんな場所で、初恋の女の子と再会したいなどと思う者がいるだろうか。
少なくとも僕は、駅から降り立った時点で、再会できるかもしれないという希望を捨てていた。
なのに今、目の前には穂香がいる。
「何しに来たの?」
穂香の声は虚ろなものだ。彼女らしからぬ声に、僕は困惑していた。穂香は変わった。僕とは、真逆のタイプだった彼女。明るくて積極的で運動神経もよく、よく喋りよく笑いよく動く……そんなカッコいい女の子だったはず。
なのに、今の彼女はまるで幽霊のようだ。頬の肉は削げ落ち、顔は青白い。手足は棒切れのように細く、着ているTシャツやジーパンには染みが付いている。しかも、髪には白いものも混じっているのだ。
まだ十代のはずなのに。
「な、何って……りょ、旅行だけど」
僕はつっかえながらも答えた。すると、穂香は歪んだ笑みを浮かべた。
「旅行、か。あん時と同じだね」
あん時、とは何だろうか。とっさに思い付かず、僕は考えてしまった。だが、すぐに思い出す。出会った直後、似たような会話をしたのだ。
僕は思わず笑っていた。そんな僕を見て、穂香は何故かため息を吐いた。
「立ち話もなんだから、うちに入んなよ」
女の子の部屋に招かれる……それは、僕にとって初めての体験だ。しかも、かつての初恋の相手の部屋である。普通なら、ドキドキしてしまう状況なのだろう。
確かに、僕は緊張していた。だが、その緊張感は違う種類のものだ。
穂香は変わり過ぎていた。その顔からは生気が感じられず、表情も虚ろである。しかも、僕よりもずっと大人に見えた。いや、はっきり言うなら老けて見えていた。仮に白髪が無くても、そう見えたはずだ。
彼女に、いったい何があったのだろうか?
「本当に、ただの旅行なの?」
言いながら、穂香はリストバンドを外した。その途端、僕は思わず顔をしかめた。
穂香の手首には、数本の長い傷痕があったのだ。刃物によるものと思われる傷痕。
それが何を意味するか、考えるまでもない。
「う、うん。ただの旅行だよ」
つっかえながらも、僕は平静を装い答えた。彼女の手首から目を逸らし、下を向く。
「じゃあ、あんた知らないの?」
知らないの、とは何のことだろう。
「知らないって、何が?」
「……」
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