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 「おう……陛下、まさか禁忌の森へ向かおうと?!止めて下さい!」 近衛兵の一人が追い縋る様に声を発する。その言に振り向きもせず、男は答えた。 「皆は城に戻るんだ。山脈を越えれば、その先は我が一族の地だ。」 馬の歩を進める度に緩やかにウェーブがかった淡い金色の髪が揺れ、彼の青い瞳を時々遮る。普段は穏やかな光を灯すその瞳に、今はどんなものも彼を止める事は許さない、そんな強い意志の光が宿っていた。鼻筋の通った整った顔立ち。バランスとの取れた体躯には、細やかな装飾が施された装備品を見に着けている。決して派手では無いが、かなり手の込んだ作りの品だと見て取れる。更に、彼の内から発せられる気品と呼ばれる気高さが陛下と呼ばれるに相応しい雰囲気を醸し出していた。実の所、この陛下と呼ばれた男は三年前──二十九歳の誕生日を迎えた直後──に戴冠したばかりのまだ若い王だったのだが。そんな彼の腕には、柔らかそうな白い絹の布に包まれて泣き声をあげる幼子の姿があった。 この大陸の中で最も長い歴史を持ち、最も広大な領土と強力な戦力を誇るスタッドガルドの国家を統べるのが、陛下こと十三代目の王ライオニール・スタッドガルドだ。今、その大国の王が幼い我が子を抱いて自ら高く険しい山脈へと足を踏み入れようとしている。山脈の先-地図で見れば大陸の最北端-に位置するのは『禁忌の森』だ。別名『王族の森』とも呼ばれるこの森は、スタッドガルドの一族が建国の時から絶対不可侵の領域として守っている地だ。建国から既に三百年の時が過ぎており、恐らくこの大陸が出来た時から人の手つかずの状態で残っている。一年を通して霧の立ち込める深い森と、その奥にそびえる高い山々。そのどちらも人を寄せ付けない荘厳な空気を生み出している。 ライオニールは今朝、目覚めてからすぐに必要な装備を揃えた。そして城の者に短い置き手紙をした以外には特に知らせる事もせず、単身馬を駆り娘を抱いて城を出発した。突然の王の外出に城内が騒然としたのは当然の事だろう。直ぐさま王の身に何かあっては一大事と、直属の部下と一部の部隊は彼を追ってやって来た。そして禁忌の森までの道のり半端でようやく王に追い付いたのだ。ライオニールは後ろを振り返ると、もう一度繰り返した。 「この先は王族の地だ。皆、戻って城で待っていてくれ。」
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