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彼の最愛の妻、レイチェルが亡くなったのは、つい半月程前の事だ。謎の病で高熱を発し、日に日に衰弱した彼女は二十七歳と言う若さで永遠の眠りについた。どんな薬を飲ませても、どんな祈祷師の祈祷も魔術師と呼ばれる者の魔術とやらも効き目は無かった。他の者への感染が見られない事だけが唯一の救いだったが、見る度にやせ細っていく彼女を見舞うのは辛かった。それでもライオニールはまだ赤ん坊の娘、クレアと共に彼女を最期まで見守り続けた。そして熱に浮かされ、死の淵に立った彼女は譫言の様にライオニールに何度も言った。
「これは仕方の無い事なんです。誰も恨んではいけません。」
苦しむ事一月あまり、彼女は帰らぬ人となった。そして彼女の葬儀が済んだその夜から、まだ二歳になったばかりの娘が泣き始めた。ただの夜泣きとは明らかに違った。母を失った悲しみとも違うようだった。レイチェルの謎の病に感染したのかとも思った。しかし妻にあった発熱の症状は無く、ただただ泣き続けるのだ。初めの頃は一時的に泣き止む時間もあったが、目に見えてその頻度は減り、遂には一昨日から二十四時間泣き通しになった。幼い子供にとって泣く事は非常に体力を消耗する事だ。食事も睡眠も儘ならず、どんどん衰弱して行くクレアの姿に妻の姿が重なって見えた。ライオニールはレイチェルの時と同様、否それ以上必死になって世界各国に人を遣り、あらゆる薬を求めた。藁にも縋る思いで、加持祈祷も試みてきたが、クレアには何の効果も無いまま日だけが過ぎた。妻が病に侵された時から一月半ほど眠れない日々が続き、気力も体力も限界に近付きつつあった。
昨夜グレンに半場強引に娘の声の届かぬ場所で一人で休むよう促され、自室に戻った時も既に明け方に近い時間であった。一月以上誰も入る事の無かった王の部屋は、主を忘れた犬の様に余所余所しく、冷え冷えとしていた。ランプの灯りは細く揺らめき、頼り無く、すぐにでも消えてしまいそうに思えた。彼はベッドに腰掛けると、両手を組んで膝の腕に置いた。そうして彼はガクンと頭を垂れ、深く深く息を吐いた。それでもまだ耳には娘の泣き声が聞こえている気がする。否、聞こえていなくとも確実に今もクレアは泣いている筈なのだ。
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