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『ただ一つだけ、分かっている事がある。』
父は言った。
『彼の地より来るものあれば約束を違える事は許されない。と言う事だ。』
『その森に誰かが居る、と言う事でしょうか?約束とは?』
ライオニールはつい尋ねる。
『それも分からない。口伝のみで長い年月の中で正しい内容が失われてしまっているのだ。しかしこの国の安泰の為には、絶対にこの言葉を忘れてはならないと言われている。だからお前もせめてこの言葉を忘れる事なく継ぐのだ。』
『……承知仕りました。』
三百年と言う時は長い。その間続いた伝言が少しも変わりなく伝わるのは不可能な事だろう。言葉を継ぐ事で国が続くと言うのは不思議な事だが、万が一にもこの大国を自身の手で揺るがす事は許されない。ライオニールはそれ以上の追求は止め、素直に父の言葉を受け入れた。
禁忌の森は、一年を通じ上空を含む森全体が濃い霧に覆われた不思議な森だ。いくら中を窺い見ようとしても見えず、入ろうとしても入れないと言われている。そしてスタッドガルドの血筋の者だけが、この森に立ち入る事が出来ると言い伝えられている。
ところがライオニールの知る限り、彼の一族でこの森に立ち入った者は一人もいない。立ち入ろうとした者も、彼の知る限りではいない。
件の女が例え大昔の噂話に過ぎなかったとしても、スタッドガルドの正統な血筋であるライオニールが入れるのか分からないにしても構わなかった。あらゆる加持祈祷、魔術と称されるものにも頼れなかった彼には、今、目の前にあるこの『目に見える不思議な森』に縋る事に躊躇いは無かった。
(実際に目にしている不思議に触れても何も変わらないのならば、それはもう、終わりなのだ。)
そう、ライオニールは静かに覚悟を決めた。
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