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私鉄の小さな駅で降り、夜の春風の強さに怯む。家に着くまでに、髪の毛も服もぐちゃぐちゃになるだろう。
琴子との食事は楽しかったけれど、駅近の綺麗なマンションに住む琴子とその帰りを待つ夫のことを想像すると、胸がちくりと痛む。本当だったらもうすぐ二人の新居も決まって、新しい生活が始まるはずだった。
からまった髪先に苛立ちながら鍵を開け、ドアポケットから出した郵便物をダイニングテーブルに散らした。新聞の勧誘、地域新聞、新しい美容院のチラシ。ぺらぺらの紙が多い中、高級感のある白い封筒はひときわ目を引いた。。以前資料を請求した、結婚式場のものだった。
半年前、美雨はいくつかの結婚式場のパンフレットを取り寄せ、そこに繰り広げられる夢のような風景に自分の姿を重ね心を躍らせていた。特別気に入った式場は広樹に見せ、ここは候補に入れよう、と真剣に話し合った。
こんなものが今さら届くとは。腹立たしいことに、それは美雨がネットで見て一番気に入っていた、レトロでかわいらしいチャペルが売りの式場だった。なんで今ごろ、どうして。
目の前のダイニングテーブルが、自身の手でひっくり返された。心のどこかでは、冷静にあーあ、と思っているのだが、感情に全て委ねた自分の手は止まらない。今度はイスを倒したが、思ったより派手な音がしなかった。
「……今ごろ届けやがって」
一度倒したイスを今度は両手でつかむ。放り投げようとするが、重くて引きずってしまう。なんとか叩きつけると鈍い振動が床に広がった。全て上手くいかない。ストレスの発散すら上手くいかない。
「今さら送ってくるなよ! 死ね! 死ね!」
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