調味の毒、雑味の薬

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「嫌いな男に抱かれていることを、好きな男に知られないように、 精々、同志に秘密を持ち続けることですね。 あぁ、こちらも恋ではありませんよね」 紅碧は、砕けんばかりに奥歯を噛み締める。 整列した歯の隙間から、動物が唸るような声が漏れる。 「……知られたって構わない。 それで、舛花が私のことを嫌おうとも、 あんたを嫌う気持ちをより強くすることで、あんたのことを殺してくれるのなら」 「無理だよ、舛花には」 区長は言う。 それが真実であるように。 「君にもね」 「……相討ちだっていい。 絶対に殺してやる」 しかし、殺意を向けられているというのに、 区長は、平和を身に纏い続けていた。 「(かんざし)の尖端で刺そうとして、 衣装の帯で絞めようとして、 毒を含んだ口紅で口付けようとして、 何度、僕を殺そうと? そして何度、僕を殺せませんでしたか? 同じ数ではありますが、 さて…… 次は、僕を殺せそうですか?」 「あんた……"何処" なのよ。 【青】区の青色を一切持ち合わせていないことは分かってるわ。 だとしても、こんなにも気色の悪い人間、 一体どの区から来たっていうの……?」 紅碧の声は、堪え切れず、微かに震えていた。 「あぁ、そう言えば、 僕は貴女の客人ですが、一度も名前を呼ばれたことがありませんね」 「……ふざけたことを。 あんたのそれは、偽の名前。 私の愛する人から奪った名前じゃないの」 「正しくは、貰ったんですよ」 「信じないわ。 あんたのことは、何ひとつとして信じられない。 私は…… あんたが【青】区の区長だなんて、 絶対に認めない」 区長は、 やさしげに たのしげに、微笑んだ。 「信じなくても構いません。 認めなくても構いません。 僕に、どんな感情を抱いても構いませんが、 紅碧…… __仕事だ」 紅碧の肩に置かれていた手が、うなじを掴んだ。 それが、背中を滑り落ち、腰を撫で、脇腹に食い込む。 紅碧は、体を動かすことができない。 娼館の電灯が点く。 「さぁ、今日は俺を殺せるかな」 紅碧は、区長に連れられ、 瑠璃色の光に呑み込まれた。
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