調味の毒、雑味の薬

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「うちのお客様になって頂くには、確かに条件が有るのよ。 なぁに、難しいことじゃないわ。 __本名を名乗ることよ」 まるで妖術を使ったかのように、紅碧は一瞬で、手巾を元の状態にする。 「名前とは__体でもあり、心でもある。 名前を呼んだ人は、名前を呼ばれた人を、 繋いで留めることができる。 感情や感覚に、刺激を与えることができる。 だから私達は、肉体を重ねている間、相手の名前を呼ぶの。 ……よがり声として。 鳥や虫が鳴くように。 吟遊詩人が歌うように。 僧侶が経を唱えるように。 母が子守唄を口ずさむように。 そして、私の色を、その目に焼き付ける。 私の色の世界で、 呼吸して、脈動して、感じていることを…… 生かしているのは私だと、認めさせるのよ。 名前は、簡単に晒すことができる。 そして、 柔く、脆く、弱い。 だから、 触れるととても気持ちがいい__」 「おい」 舛花の一声に、紅碧と朽葉、共に反応をする。 「2人して、心ここに在らずだぞ」 「私は、お話を聞いておりましたけれど」 「私も、彼女が真剣に聞いてくれていたから、話を続けていたのよ」 各々の否定の言葉に、しかし舛花は訝るように顔をしかめる。 「まず、 "経験が無い" 奴に、そんな話をしたところで無駄だろうが」 「あら? 貴女、そうなの?」 ………… 真実を知るのは、本人だけだ。 紅碧の視線に連れられて、舛花の視線が……朽葉のものと絡む。 危険なことがある訳ではないのに、全身が総毛立った。 舛花は即座に、朽葉から視線を引き剥がす。
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