調味の毒、雑味の薬

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「……そもそも、俺が話を聞いている必要なんて無かったんだ。 帰る」 舛花は、朽葉とは未だに幾らかの距離を取りつつ、その横を通り過ぎる。 「待って頂戴」 紅碧の求めを聞き入れ、舛花は足を止めるが、振り返りはしない。 「日が落ちているわ」 「だから?」 「女性がひとり、夜道を歩くのはいけないわ。 送ってあげて」 舛花は、漸く振り返る。 「日が落ちていることも、道案内人が役目を全うしなかったことも、 俺には関係無い」 「ここまでの道程を遡る。 難しいことではありません」 少々 趣旨が違ってはいるが、本人のこの言葉は、紅碧の舛花への制止を解くのには十分だ。 舛花は、退場するための歩行を再開した。 均整の取れた男の後姿が、徐々に小さく、日光と共に消えて行こうとする。 それを見届ける前に、声が掛かった。 「朽葉さん」 紅碧から名前を呼ばれ、朽葉は返事をする。 「貴女…… 経験は有るんでしょう?」 朽葉は、問いに答えようと、口を開く。 しかし……声が出ない。 紅碧は、唇の形を見て、答えを受け取った。 「貴女が【青】区に来たことに、 その人が関係しているの?」 ………… 世界は夜へと移り変わった。 夜の【青】区。 夜の青い空が、くらい青い色が、 朽葉の体を濡らす。 「"彼" と出会わなければ、 私が【青】区に来ることはありませんでした」 不意に、紅碧が優しく微笑んだ。 朽葉は まばたき をすると、振り向く。 「いい男だわ」 __舛花が、朽葉を見据えて言った。 「ついて来い」 そして早々と背を向けてしまった舛花へと、朽葉は頭を下げる。 紅碧にも同じことをしようとして…… その前に、朽葉はこう言った。 「私も、 名前とは、強い力を持つものだと思います」 ____ 朽葉は、夜道を行く。 深い青色に満たされた視界、 その中心に、舛花を据えながら。
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