5人が本棚に入れています
本棚に追加
●
「紅碧」
…………
名前を呼んだのは、
舛花でも、朽葉でもない。
肩に手が乗っている。
紅碧は、全身を強張らせた。
「あらあら……
居たのね――貴方」
紅碧の声は、どの種の鈴の音にも似つかなかった。
「私が来ることも、居ることも、
貴女はお分かりでしたよね」
質問ではなく、断定。
その通りだった。
「それと……
先程、貴女は「秘密」と言っていましたけれど、
"本人" の耳に入ってしまったら、
何もかも、意味の無いものになってしまうのではないですか?」
「私はそうは思わないわ。
殺したい人間に、殺したいと言う。
殺すんですもの。
意味なんて、端から有りはしないわ」
紅碧は、美しさが損なわれるのも構わず、
毒蛇が牙を剥こうとするかのように、
僅かに上唇を捲り上げた。
「貴女は、私のことになると、どうも……
筋が通らない、理に適わない物言いをするようになる。
つまり、貴女の価値が損なわれてしまう。
いや、こちらが本来の貴女なのでしょうか。
それもまた、粋ですね」
「殺してやる」
紅碧は、本人へと殺意を言い表す。
これに対し……
【青】区の区長である男は、
慈愛に満ちた笑顔で応えた。
区長が、紅碧の首筋に鼻を寄せる。
「うん。 僕が頼んだ通り、まだ湯浴みはしていませんね」
「あんたの悪食には吐き気がするわ。
そんなに舛花のことが好き?」
「好きですよ。
僕に抱かれた君を自分が抱く。
自分が抱いた君を僕に抱かれる。
後者の方が、より舛花は嫌がる。
それを想いながら、今日も貴女を抱きに来るくらいには。
あぁ、恋ではありませんよ。
むしろ、愛 ですね」
「余計、質が悪いわね」
最初のコメントを投稿しよう!