調味の毒、雑味の薬

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● 娼館を望む通りでは小さく点々と、商店が建ち並ぶ大通りでは硝子窓いっぱいに、光が… 人工的な光が、刺激をもたらす。 けれど…… 夜の訪れを考慮しているかのように、どこか控え目だ。 それは、己の敵であり害であると認識した、【青】区の昏い、青色に()る。 青色が、己の色の力で、 押さえ込み、押し潰している。 屋外がそうである一方で、屋内では…… 男の笑い声、女の猫撫で声、 幼児の喘ぎ声、老人の呼び声が、 夜の微風に乗り、この耳に届く。 太陽が無い時も、【青】区の住民が変わらぬ生活をしていることが判る。 むしろ、太陽が有る時よりも、活気が感じられるような気さえする。 夜の【青】区は――夜の『海』では無い。 いや、夜の海に在りながらも…… 太陽という光源が無い空に、自分の生き様を視認されることが無いと…… 安心している。 安心したいから、安心しようとしている。 【青】区の民達自身が、夜の『海』に居ることを感じさせない。 ………… 浅葱よりもより距離を取り、舛花の後に続く朽葉。 歩幅の差は明らか、にも拘わらず、ほぼ一定の距離を保つことができているのは、舛花が朽葉の歩速に合わせているからだ。 朽葉は【青】区の、夜という時間に、人の気配を感じたことが無かった。 ひとり。 【青】区では一層、夜の【青】区ではより一層……朽葉をひとりにする。 独りであることを実感させる。 だから、目の前に、触れようとすれば触れることができるところに、舛花が居るということは…… 過去を呼び戻す。 これは、"懐かしさ" だろうか。 浅葱に対して、舛花は路地を帰路とした。 これらの道には、街灯が殆ど無い。 そして、 月が、今日は無い。 星は、毎日無い。 舛花に導かれなければ、帰ることはできるだろうけれど、足取りは覚束なかっただろう。 舛花の弟分であり仲間と、何度か擦れ違った。 舛花の姿を認めると、皆、立ち止まり頭を下げる。 舛花と、路地に集う彼等若人。 浅葱と、大通りに集う客人や商人。 その関係性についても、対となっている。 【黄】区でも、互いに挨拶を交わす場面は数多くあった。 けれど、喩え手を握り合ったとしても、笑顔を向け合ったとしても、 どちらの関係も築けはしないだろう。 「何も訊くな」 舛花はそれだけを言い放ち、彼等の横を素通りする。 それを繰り返す。 舛花に連れられている余所者の女、朽葉へと、彼等は…… 妬みや恨みを向けてはいない。 しかし、戸惑い狼狽えているのは明らかだった。 とはいえ、尊敬する兄貴分、その言い付けを守り、2人を見送っていた。
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