調味の毒、雑味の薬

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男体の背面を目に映すことしかできない。 けれど、舛花が、周囲へと目を凝らし耳をそばだて、そして息を詰めていることがわかる。 娼館を後にした時から……いや、常時なのだろう。 朽葉は今、舛花に "護られて" いる。 ……もしかすると、"懐かしさ" とは、 年少 (ゆえ)の弱者であった時に感じた、 年長者や親による――"安心感" であるのかもしれない。 ――― 朽葉が月白と 出会った場所に近付いている。 …… 舛花が朽葉を率いていたが、目的地である朽葉の住居を知るのは、本人である朽葉のみだということに思い至る。 舛花は、足を止め振り返った。 朽葉は――『空』を見上げていた。 既に足を止めていた舛花へと追突するようなことはせず、朽葉も数歩遅れて足を止める。 そして、日没により視力を削がれていながらも、舛花の目を真っ直ぐと見据えた。 それに対して、受けて立とうとするように、最早挑もうとするように、舛花は朽葉の目を見返していたが…… 【青】区で生活を始めたばかり、【青】区という地を知り始めたばかり。 何より、身体能力が明らかに劣る、女。 そんな弱者を相手にしようとしている。 ……体力と精神力の浪費だ。 舛花は、結ばれていた視線を一方的に切る。 「お前……」 発した声は、僅かに怒気を孕んでいた。 「【黄】区ではその必要は無かったんだろうが…… 【青】区では、常に注意を払え。 自分の身は自分で守れ」 「すみません。 あなたの傍では、少しばかり安心してしまうようです」 面食らった舛花の視点が、朽葉の元に戻る。 この女、度々 思いも寄らない言動をする。 「ですが…… 美しいからと言って、見上げて目を奪われて、 真下に在る穴や石といった、危険を見落としてしまうだなんて、 愚かですね」 …… これは、自虐か自嘲か。 それにしては淡泊だ。 それに、笑みは無い。 「ここまでで大丈夫です」 そして、舛花との関わり自体を断とうと頭を下げた朽葉に、またしても面食らう。 「駄目だ」 舛花は、強く言い返した。 「中途半端のまま終わらせろと? 無駄足にさせるな」 朽葉の住居を知るという意図があるのだから。 胸の内で続けられたその言葉は、どこか言い訳のようであった。
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