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「そいつとお前の関係は?」
より踏み込もうとして、勝手に唇が動く。
「……その方と会ったのは、
その時のただ一度きりです」
「つまり、それだけの関係か。
"それだけ" にしては……
そいつの言ったことに惹かれて、お前は生きる区を変えたのか?」
「確信があったんです。
――彼が好きなものは、私も好きだと」
「……、
"彼"
つまり、 "男" か」
嘲るために唇の端を吊り上げようとしたが、上手くいかなかった。
何とも表現し難い感情が、胸中を転がっていた。
それに…… "わからない" 。
言葉の意味は解る。
しかし……
こんな言葉がこうして言葉とされていること、
それ自体が、わからない。
「他区と比べると、【青】区の入出区はし易い方だ。
でも、入出区自体が易いことじゃない。
にも拘わらず、"それだけ" のお前に、そいつは勧めたんだな」
「勧められた訳ではありません。
促された訳でも、誘われた訳でも。
ただ……
彼にも、同じ確信があったのだと思います」
――本当に、"それだけ" の関係なのか?
「あなたは?」
会話の流れから、自分と紅碧の関係を訊かれているのだと思った舛花は、即時に答えることをしなかった。
「あなたも、【青】区の空を美しいと思いますか?」
「思わない」
これについては、即時に答えていた。
……
ふと、頬を撫でる夜風が、妙に心地好く感じられた。
「……いや、
初めて見た時は……
少し、本当に少しだけだ、
そう、思ったかもしれない」
「そうですか」
朽葉の声は、風に掻き消される程の音では無かったというのに、
風に運ばれて行った。
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