5人が本棚に入れています
本棚に追加
とはいえ……
「此処は【黄】区じゃないんだぞ?」
「えぇ、つまり?」
言葉の意味を予想できていて、言葉の先を促しているのだろうか。
「どいつもこいつも、男を部屋に招くな」
「誰も彼も招きはしません。
あなただからです」
「元は俺のものだからか?」
「それもあります」
「それじゃない理由もあるってことか?」
仏頂面が常の舛花の顔には、表情が無くなっていた。
「俺の何を知ってるって言うんだ」
静かな、いや……抑揚が無い、感情が無い声音だった。
「俺が、お前の害悪にならないとでも?
……俺とお前が何処で会ったのか、何処から歩いて来たのか、
その場所を忘れた訳じゃないだろ?」
舛花は、長身を活かして朽葉を見下ろす。
視線が落とされたのは、朽葉の目や顔だけでは無かった。
しかし、いや案の定……朽葉は動じない。
舛花を見上げ、見据えた。
その姿勢は……心は、
舛花を受け入れようとしているかのようにも見えた。
つまり、【青】区のやり方に、則ろうとしているかのように……
しかし、
いや案の定、
互いの体が触れ合うことは無かった。
「俺に "安心" するな」
それだけ言い放ち、突き放つ。
「安心できるのでは?」
これで何度目になるのか……思いも寄らない朽葉の言葉に、舛花は獣が唸るような声で訊き返した。
「あの場所だから、あの方だから、
尚更、あなたの欲は満たされている筈では?
それに、あなたは欲情を自制することができる方だと、私は思います。
ですから……
あなたは、本来 発情しない私を相手にしようとは考えない筈です」
……
果物屋の店主は言った。
朽葉と関わっている時の自分は、面白い顔をしている、と。
その通りなのかもしれない。
自分は今、自分らしく無い顔をしているのかもしれない。
そして、これは確かなこと。
――"自分らしく無い" ことをした。
その理由が、"朽葉を諭すため" だ。
他人を諭そうなど……より自分らしく無い。
それに、後悔も反省もしてはいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!