調味の毒、雑味の薬

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とはいえ…… 「此処は【黄】区じゃないんだぞ?」 「えぇ、つまり?」 言葉の意味を予想できていて、言葉の先を促しているのだろうか。 「どいつもこいつも、男を部屋に招くな」 「誰も彼も招きはしません。 あなただからです」 「元は俺のものだからか?」 「それもあります」 「それじゃない理由もあるってことか?」 仏頂面が常の舛花の顔には、表情が無くなっていた。 「俺の何を知ってるって言うんだ」 静かな、いや……抑揚が無い、感情が無い声音だった。 「俺が、お前の害悪にならないとでも? ……俺とお前が何処で会ったのか、何処から歩いて来たのか、 その場所を忘れた訳じゃないだろ?」 舛花は、長身を活かして朽葉を見下ろす。 視線が落とされたのは、朽葉の目や顔だけでは無かった。 しかし、いや案の定……朽葉は動じない。 舛花を見上げ、見据えた。 その姿勢は……心は、 舛花を受け入れようとしているかのようにも見えた。 つまり、【青】区のやり方に、則ろうとしているかのように…… しかし、 いや案の定、 互いの体が触れ合うことは無かった。 「俺に "安心" するな」 それだけ言い放ち、突き放つ。 「安心できるのでは?」 これで何度目になるのか……思いも寄らない朽葉の言葉に、舛花は獣が唸るような声で訊き返した。 「あの場所だから、あの方だから、 尚更、あなたの欲は満たされている筈では? それに、あなたは欲情を自制することができる方だと、私は思います。 ですから…… あなたは、本来 発情しない私を相手にしようとは考えない筈です」 …… 果物屋の店主は言った。 朽葉と関わっている時の自分は、面白い顔をしている、と。 その通りなのかもしれない。 自分は今、自分らしく無い顔をしているのかもしれない。 そして、これは確かなこと。 ――"自分らしく無い" ことをした。 その理由が、"朽葉を諭すため" だ。 他人を諭そうなど……より自分らしく無い。 それに、後悔も反省もしてはいなかった。
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