調味の毒、雑味の薬

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女は、手の平の上で、衣装と同色の手巾(しゅきん)を広げている。 そして、手巾と木工品、その視線の往復を(しき)りに行っていた。 何時(いつ)から工房を訪れていたのかはわからない。 しかし、朽葉は随分と長い時間、2人の不可思議な様子を視界の片隅に捉えていた。 ____ 男が、朽葉の前に荷車を停めた。 朽葉は椅子から立ち上がると、荷車の箱の中を覗き込む。 そこには、数多くの木工品が収められていた。 しかし、同様の物ばかりだ。 実際は数個で良いところを、決断することができなかったために、似たつくりの物を片端から掻き集めた……そのようにも思えた。 女が、机上に紙幣の束を置いた。 その形状に見覚えがあった。 そして、紙幣はこの区では最高金額のもの。 得意先は、彼等であることを知る。 朽葉は、料金の計算を始める。 【黄】区で金銭を扱う仕事を経験していたため、作業は迅速だ。 しかし女は、用事は済んだとばかりに背を向けてしまう。 「待ってください」 朽葉の言葉を受け、女は足裏を床に留め、首を回す。 けれど、呼び止められた理由はわかってはいない様子だった。 動作についても、朽葉の音声にただ反応しただけであるように見えた。 とはいえ、朽葉もこれで狼狽える人間ではない。 「お釣をお返ししたいのですが」 「……」 女に反応は無い。 朽葉は、言い方を変えた。 「手を、出してください」 女に反応があった。 非常に微かに、体を震わせる。 刺激を受けたことによる反射のようだ。 ……おもむろに、女の手が上がる。 朽葉は両手で包み込むようにして、女の手の中に金銭を収めた。 接触は免れない。 女の手は、やはり温かかった。 「ありがとうございました」 朽葉は頭を下げる。 それを合図としたように、女は今度こそ、出口へと歩き出した。 その後を、男が追う。 男は、朽葉へと会釈をして応えた。 ………… 露草による木の音色が何処からともなく漂うだけの、日常である静寂が戻る。 "それ" に気付いたのは、暫く後のことだった。
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