調味の毒、雑味の薬

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○ 「こんにちはー」 開扉音とほぼ同時に、この独特の静寂が破られる。 朽葉が、それを繕うような音調の返事をする。 声を辿り、数多の木工品の中からその姿を発見した人物は、表情を和らげた。 露草の工房の常連客のひとりである、浅葱(あさぎ)。 ここで顔を合わせるのは、これで3回目だ。 人と、特に女性と関わることを苦としない浅葱は、相手が朽葉であっても…… というより、邪気や悪意が感じられない朽葉だからこそ、既に気を許していた。 それでも、朽葉と関わるのに、少なからず気を張らずにはいられない。 けれど、そこに心地好さすら感じていた。 朽葉にとっても、浅葱は工房の客人の中で、最も馴染んだ顔になるであろう人物だった。 ………… 「お聞きしたいことがあるのですが」 朽葉の方から、会話を始めようとする声が掛かったのは、思いも寄らぬことだった。 浅葱は急くように、朽葉の前へと進む。 朽葉が口にしたのは、とある人物の特徴だった。 今日、最初の客人であるという男女。 簡潔ではあるが、重点を押さえた的確な言葉選びにより、人物像が脳裏に浮かぶ。 1人目の説明がされた時点で、浅葱は呻くように言った。 「『藍鼠(あいねず)』だな……」 浅葱が、その男のことを、多少なりとも知っていることが明らかとなる。 朽葉は男についての詳細を求めることはしなかったが、浅葱は自分が知り得ている情報を開示した。 「俺は、工房(ここ)で会ったことはないけど、札束が置かれているのを見て、もしやとは思ってたんだ。 藍鼠は……区長の従者だよ。 あの図体だから、用心棒のようなものなのかな。 区長に指示されてのことなのか、 物を買いに、(たま)に通りに現れる。 うちの店にも来るよ。 うちの染物を大量に持って行く。 俺は遠目に見るだけだけど、とんでもない体だよな。 大人の男を、軽々と投げられるらしい。 それと、噂では…… 舌が無いらしい。 実際に確かめた人は居ない。 でも…… 藍鼠の声を聞いたことがある人が居ないことも確かだ」
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