調味の毒、雑味の薬

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「水縹が働いてるのは……娼館なんだ。 これは、客に見せるための物。 自分の名前に代わる物でもあるんだ」 「つまり、これが無ければ働くことができないということでしょうか?」 娼婦が身近に居るという事実。 予想は出来ていたけれど、朽葉は大きな反応を示さなかった。 浅葱は躊躇を放り、朽葉の質問に素直に返答することにする。 「どうだろう。 でも、叱られるかも」 「開店は、日が落ちてからでしょうか?」 「……届けに行こうとしてる?」 「はい」 朽葉はこれまで、このような仕事をする者とは関わったことは無い。 これからも、自分の仕事場で顔を合わさざるを得ない者を除き、つまり水縹以外の娼婦とは関わることは無いだろう…… 浅葱も、そう思っている。 だから浅葱は、朽葉が娼館を訪れる場面を、上手く想像することができなかった。 「恐らく夕方にはもう、工房へはどなたもいらっしゃいません。 間に合うかと」 露草の工房は、辺鄙に、明るい日光が届かない場所に在るため、数少ない客人達は、午前中に来るように心掛けているようだ。 安全に、そして安心して帰宅をするために。 「お店の場所をご存知ですか?」 「知ってる。 教えるよ……一緒に行って、教える。 俺が案内するよ」 その申し出は、朽葉に手を貸すものだ。 しかし、朽葉は質問というかたちで応える。 「何故、あなたまで?」 これで何度目になるのか、浅葱は声を詰まらせる。 「……俺が、そうしたい」 すると、朽葉は頭を下げた。 「では、お願いします」 「あぁ、また来るよ!」 朽葉の了解が得られると、浅葱は軽快な足取りで扉へと向かってしまう。 露草の品物を買うという、工房を訪れた目的を果たすことをせず。 強い感情が生まれたことにより、目的を忘れたようであった。 閉扉を見届けると、朽葉は自分の日常を再開した。
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