5人が本棚に入れています
本棚に追加
●
夕方__
露草の工房へと、浅葱が今日2度目となる来訪をする。
「あれから、例の女性はいらっしゃいませんでした。
お話していた通り、道案内をお願いしますが、宜しいでしょうか?」
「任せて」
浅葱は快諾した。
「あなたにもお仕事があるでしょう。
本当に宜しいのですか?」
「自分の仕事は終わらせて来たから、大丈夫だよ。
……雇い主には睨まれたけど」
朽葉は、水縹の手巾を入れた紙袋を持つと、浅葱と共に工房を出発した。
○
浅葱は普段、身軽であり気軽な服装である。
今日もそうであった。
しかし、今日現在は違う。
着替え一転して、重厚な様相となっていた。
美意識があることがわかる。
名前である浅葱色は一部分、しかし目を惹く置き方をしていた。
色を専門に扱う人物としても、浅葱という個の人物としても、良質な感性を持っていることが見て取れる。
とはいえ、石壁に挟まれた通路を行く時には、その色も、異色であり異質の青色に染められてしまう。
浅葱はその状態を、自分の体が底の無い何処かに沈んで行くようだと……
それが不気味で恐ろしい、と呟いた。
____
2人は、大通りを通る。
浅葱は、人が多い通りを選んでいた。
人が少ない路地等には、自称自警団が多数 居り、絡まれるからだそうだ。
けれど、大通りでも浅葱は絡まれていた。
同じく通りを行く多数の区民、またその内の多数が、浅葱に声を掛ける。
染物屋の、弟子、息子、小僧……と。
そう呼んで浅葱の尻を叩くが、
それらの手は、いざという時に、浅葱のことを守るものへと代わるのではないかと感じられた。
朽葉は、浅葱の横に並ぶことをせず、かといって背に貼り付くようなこともせず、
一定の、そして余裕のある距離を取りながら、歩行をしていた。
そのため、端からは、2人が同じ目的地へと向かっていることは、わからなかっただろう。
____
徐々に人の姿が少なくなっていく。
道が、人を篩に掛けていく。
朽葉は、山際まで下がった太陽へと一瞥をくれた。
最初のコメントを投稿しよう!