調味の毒、雑味の薬

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● 夕方__ 露草の工房へと、浅葱が今日2度目となる来訪をする。 「あれから、例の女性はいらっしゃいませんでした。 お話していた通り、道案内をお願いしますが、宜しいでしょうか?」 「任せて」 浅葱は快諾した。 「あなたにもお仕事があるでしょう。 本当に宜しいのですか?」 「自分の仕事は終わらせて来たから、大丈夫だよ。 ……雇い主には睨まれたけど」 朽葉は、水縹の手巾を入れた紙袋を持つと、浅葱と共に工房を出発した。 ○ 浅葱は普段、身軽であり気軽な服装である。 今日もそうであった。 しかし、今日現在は違う。 着替え一転して、重厚な様相となっていた。 美意識があることがわかる。 名前である浅葱色は一部分、しかし目を惹く置き方をしていた。 色を専門に扱う人物としても、浅葱という個の人物としても、良質な感性を持っていることが見て取れる。 とはいえ、石壁に挟まれた通路を行く時には、その色も、異色であり異質の青色に染められてしまう。 浅葱はその状態を、自分の体が底の無い何処かに沈んで行くようだと…… それが不気味で恐ろしい、と呟いた。 ____ 2人は、大通りを通る。 浅葱は、人が多い通りを選んでいた。 人が少ない路地等には、自称自警団が多数 居り、絡まれるからだそうだ。 けれど、大通りでも浅葱は絡まれていた。 同じく通りを行く多数の区民、またその内の多数が、浅葱に声を掛ける。 染物屋の、弟子、息子、小僧……と。 そう呼んで浅葱の尻を叩くが、 それらの手は、いざという時に、浅葱のことを守るものへと代わるのではないかと感じられた。 朽葉は、浅葱の横に並ぶことをせず、かといって背に貼り付くようなこともせず、 一定の、そして余裕のある距離を取りながら、歩行をしていた。 そのため、端からは、2人が同じ目的地へと向かっていることは、わからなかっただろう。 ____ 徐々に人の姿が少なくなっていく。 道が、人を(ふるい)に掛けていく。 朽葉は、山際まで下がった太陽へと一瞥をくれた。
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