調味の毒、雑味の薬

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空気が変わる。 消えて行こうとする太陽、 光、そして温もりが失われて行く。 しかし、理由はそれだけでは無い。 煙い。 霞んでいるような、煤けているような。 喉の奥をくすぐられているような、 軽く爪をも立てられているような…… けれど、 咳き込みはしない。 苦しくはない。 煙は、甘く香っているからだ。 閑散とし、やや廃退した通り。 その突き当たりに、一際 大きな建物が在った。 それが娼館であるとわかる。 趣のある木造の建物。 そして、 身に纏うように、衣装のように、 多色の布を はためかせていた。 目を射った後に、腕に絡み付き、引き摺り込む。 そんな醜い真似はしない。 腕を広げて、待つ。 ゆっくりと…… 惑わせ、誘い、迎え入れる。 娼館の名称は、『瑠璃色孔雀(るりいろくじゃく)』。 外観は、雰囲気は、それを思わせるものだった。 朽葉は娼館を見上げ、感嘆の息を漏らした。 その時、娼館の暖簾(のれん)の割れ目から、人の腕が出た。 細くも逞しい長い腕を、衣服が柔く締め上げている。 暖簾を払い退けるようにして肘が曲がり、続いて肩が覗く。 肩を覆う上着は、風をも編み込んでいるかのような涼しげな素材であり、それは女物であろうと思われた。 見覚えがあった。 朽葉はその場に佇み、待つ。 程無くして、端整な男の顔が、残り僅かな日の光の元に晒された。 そして、 「…っ、お前……」 __舛花(ますはな)は、 朽葉の姿を認めると、今朝と同様の反応をした。 いや、場所が場所なだけに、そこに罰の悪さが加えられていた。 けれど、結局のところ、 疲労か諦念、或いは両方による、息を吐いた。
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