調味の毒、雑味の薬

10/33
前へ
/189ページ
次へ
その直後、再び暖簾が割ける。 見えたのは、人の肘下まで。 しかし、丁寧な所作に目が惹き付けられた。 布地の上を、まるで白蛇が這うかのようだ。 それは、伸びるように舛花の肩に乗り、そのまま首へと巻き付いた。 「舛花」 男に寄り添いその名を呼んだのは、 そして…… 舛花に、名前を呼ぶことを許されたのは、 水縹と同様の衣装に身を包んだ女だった。 薄い唇、先の尖った鼻、吊り上がった細い目。 先程の生物の例えを肯定させるような顔立ちだ。 年齢を予想することができない。 舛花のものを追い、女の目が朽葉を捉えた。 「あら? 貴女、うちで働きたいのかしら?」 訂正をするため、逸早く声を上げたのは、舛花だ。 「違う、こいつは……」 そこに、鈴の音を想わせる笑い声が被った。 「冗談よ」 そして女は、舛花の耳元に唇を寄せると、掠れた声で言った。 「彼女がそうなのね? 貴方が惚れさせられなかった人」 「……やめてくれ。 それに、こいつを笑わせようとしても無駄だ」 「貴方よりも?」 うねり、(とぐろ)を巻く…… 女の視線が、再度 朽葉へと絡む。 「揶揄(からか)ってしまって、ご免なさいね。 だけど……」 ……直後、鎌首をもたげるように、女の腕が上がる。 真っ直ぐと伸びた指先が、朽葉の顎下に触れる寸前で止まった。 「貴女、美しいわね」 「それは、あなたでしょう」 朽葉は、やや顎を上げ、やや睫毛を下げて、女を見据えた。 「誰の目にも明らかな事実。 あなたは美しい。 多くの人が、あなたに、この言葉を伝えているでしょう?」 「貴女からは初めてよ。 ありがとう」 女の手が、朽葉から退く。 「それに、貴女が美しいことも事実」 「……ありがとうございます」 真っ赤な唇が、艶のある笑みを作った。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加