Act A

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 なぜ私が彼女「Ashley」に出会ったのか。  なぜ私がこの作品を作らなければならなかったのか。  物事の背景を語ることなくお話を進める無礼をどうか許して下さい。重要なのは、私がAに出会った経緯ではなく、Aの世界をどういった手法を用いてあなたにお伝えすべきであるかということなのです。  なぜ私が彼女をAshleyという名で呼ぶのではなく、Aと呼称することにこだわるのか。  Aが私とここ「Entrance」で出会ったとき、Aがはじめましてと名乗らなかったこと。私もまたはじめましてと名乗らなかったこと。  そして、この作品を見つけてくれたあなたへ。  あなたにAを知ってほしい。私が名前を付けたAの激痛を知ってくれるだけでいいのです。  私が頭を横たえていたのが大樹の根であったことに気がついたのは、Aが私を揺り起こした一寸後でした。  肌に衣服が貼りつく私の不快感を感じ取ったのか、Aは私に服を脱ぐように促しました。   上着とシャツを脱いだ私は大樹の根に腰かけました。湿っていた私の服は大樹の根の上に畳んで置くだけで、ものの数分でほのかに暖かさを纏って乾いてしまいました。  幼い少女の様相をしたA。恐らくそうであるとは思うのですが、何故か確信が持てないのです。私はAの夢から覚める度にAの世界を綴るのですが、Aの顔姿をどうしても思い出すことができないのです。  大樹はその太い根をテニスコート程あるエントランス全体へと広げていました。どうしてか私は確信を持っていました。ここは“エントランス”であると。  正方形に象られた空間。三方には透き通った白磁のような壁が、私が流れてきたであろう方角には息を飲むほど巨大な鋼鉄の扉が聳え立っていました。扉側の大樹の根元には私を押し流してきたと思われる清らかな水が染み込んでいるようでした。 『ここに流れつくのはあなたには見えなかったもの』 『ここに流れついたのはあなたが救えなかったもの』  私は澄んだ声で物語るAをただ眺めていました。  私は彼女を知っていました。彼女の懐かしい声を知っていました。 『ここは聞こえなかった筈の声を聞き、見えなかった筈のものが見える場所』  私を打ち上げた波は鋼鉄の扉と大樹の根に挟まれ消えてしまいました。きっと外は海に違いありません。微かな残響が私の耳朶を心地よく包み込みます。  何故私がここに流れ着き、彼女に出会ったのか。 「Entranceへようこそ」
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