『それ』は偶然と言う名の運命で

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時間が中途半端というのもあるだろう。店の客は自分の他には奥に1人だけのようだ。何処と無く店内にコーヒーのいい香りが漂う。 幹夫は適当な席に座り、荷物を降ろした。 「清美ちゃん、いいかな?」 マスターが誰かに声を掛けている。マスターはカウンターの向こうに居るから、ウエイトレスだろう。 「‥‥はい」 そう返事をして、店の奥に陣取っていた『客』が立ち上がった。若い女性のようだが白いエプロンを首から掛けている。客と思ったのは、ウエイトレスだったのだ。 それが『彼女』だった。 「‥‥ご注文はお決まりですか?」 ボソっした口調で彼女が尋ねる。なるほど、この店の雰囲気に『合っている』と言えるだろう。これだけ陰気な接客では、小洒落た店では到底務まるまい。 「あ、あの、ホットひとつ」 幹夫は左手で人差し指を立てる。 「‥‥。」 彼女は水の入ったコップとお絞りを置くと、そのまま何も言わずにカウンターへと(きびす)を返した。 幹夫は何気なく、さっきまで彼女が座っていた席を見やる。すると、テーブルの上に何か本のような物が広がっているのが見えた。 照明が暗くて分かりにくいが参考書とか、教科書の類のようだ。 学生なのか? 幹夫は考えた。だが、少なくとも『見た事の無い顔』だし、学生だったらこんな処でなくとも校舎の中にいくらでも勉強の場所はある。     
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