16人が本棚に入れています
本棚に追加
「‥‥それを境にだったよ。『清美』が意識を回復したのはね。最初は言葉も覚束なかったが、数日のうちに会話が出来るほどに戻って来たんだ。医者も驚いていたよ。
無論、病巣が良くなっているワケではなかったけど、持ち堪えたのだろうという診断だった。正直、その時は素直に嬉しかったと思う」
男の持つ煙草の先端から、まだ火種の残った灰が地面に落ちる。
「その時は『変だ』とか、そんな事を考える余裕も無かったよ。とりあえず、大事な家族を失わずに済んだことで頭がいっぱいだったからね。しかし、だ。『自宅療養』という事になって家に戻って来たんだが‥‥何か様子がおかしいと気づいたのだよ」
「おかしい‥‥ですか?」
幹夫が聞き返す。
「ああ。当然覚えていて当たり前の事が思い出せないのだ。ワシの名前とか‥‥通っていた学校の場所とかな‥‥最初は病気のせいで記憶障害でも起きているのかと思ったが‥‥そのうちに妙な事に思い当たったんだ」
男が手に盛っている煙草は、幾分も吸わないうちに半分以上が煙と灰になっていた。
「ワシが警察という仕事をしているせいかも知れんが‥‥『清美』の顔が元の顔からすると違和感があったんだ。誰かに面影が似ていてるな、とは思っていたのだが‥‥やがて『それ』が、あの死んだ看護師だと気づいたのさ」
男は煙草を地面に落とし、靴先で火をもみ消した。
最初のコメントを投稿しよう!