背負し過去の辛き事をば

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「‥‥それを境にだったよ。『清美』が意識を回復したのはね。最初は言葉も覚束なかったが、数日のうちに会話が出来るほどに戻って来たんだ。医者も驚いていたよ。 無論、病巣が良くなっているワケではなかったけど、持ち堪えたのだろうという診断だった。正直、その時は素直に嬉しかったと思う」 男の持つ煙草の先端から、まだ火種の残った灰が地面に落ちる。 「その時は『変だ』とか、そんな事を考える余裕も無かったよ。とりあえず、大事な家族を失わずに済んだことで頭がいっぱいだったからね。しかし、だ。『自宅療養』という事になって家に戻って来たんだが‥‥何か様子がおかしいと気づいたのだよ」 「おかしい‥‥ですか?」 幹夫が聞き返す。 「ああ。当然覚えていて当たり前の事が思い出せないのだ。ワシの名前とか‥‥通っていた学校の場所とかな‥‥最初は病気のせいで記憶障害でも起きているのかと思ったが‥‥そのうちに妙な事に思い当たったんだ」 男が手に盛っている煙草は、幾分も吸わないうちに半分以上が煙と灰になっていた。 「ワシが警察という仕事をしているせいかも知れんが‥‥『清美』の顔が元の顔からすると違和感があったんだ。誰かに面影が似ていてるな、とは思っていたのだが‥‥やがて『それ』が、あの死んだ看護師だと気づいたのさ」 男は煙草を地面に落とし、靴先で火をもみ消した。     
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