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幹夫の呼びかけに、彼女の反応が鈍い。
眼も虚ろで焦点があっていない。意識の混濁が始まっているのだ。脳に送る血液すら不足しているという事は、心臓すら鼓動を停止しかけている可能性がある。
「タクシー‥‥乗るよ」
幹夫が彼女の手を引く。
「‥‥。」
彼女は何も答えなかった。
或いは『この身体』がすでに限界であることを彼女は悟っていたのかも知れない。だからこその‥‥
「すいません!県立病院まで!」
タクシーに飛び乗ると、幹夫が行き先を告げた。
病院に行って、それでどうなるというもので無い事は重々承知しているが、それでも何もしないワケには行かなかった。
せめて‥‥せめて、1分1秒でも長く‥‥!
救急外来についてすぐ、彼女は集中治療室に入った。
当直の看護師達が「体温が低すぎて正確に測定出来ない!」と、慌てている。
それでも少し経って容態が安定したのか、幹夫に「少しの時間だけど」と面会の許可が降りた。
「‥‥何か言い残す事があれば、今のうちにね。彼女さんがアナタを呼んでいるわ」
看護師は幹夫と目を合わせないようにして入室を促した。
幹夫が白衣を着て部屋に入る。
「‥‥聞こえてる?」
チューブに繋がれた彼女に声を掛ける。
「ん‥‥」
少し、笑ったようにも見える。
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