第1章

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 私は、今日穴に落ちた。  何の前触れもなく、突然落ちた。  財布から転がった百円玉が、側溝の穴に偶然落ちるあの感じ。  ころころ、ぽちゃん。  損をしたのは自分だけ。バスを待ちながら、誰も百円玉が落ちたなんて気づかない。  私が穴に落ちたなんてみんな気づかない。私がいなくなっても誰も気づかないだろう。  そんな日常の隙間に、私は落ちてしまったようだ。  こんな体験をする人は、滅多にいないと思うのでちょっと誰かに話したくてしかたがありません。  えっとですね。まず何からしゃべろうか。   あ、どうして穴に落ちたかもっとくわしく話そうか。  いつもと同じ道を、いつもと同じ様に歩いていたら、急に足下に真っ黒い円ができ、気づいたら落ちてました。  恐かったか?あまりの突然の出来事に、恐怖は特に感じていません。  ものすごいスピードで、何と言うか滑り台を降りている感じですかね。  いやぁ、久々に童心に帰ったけど。それにしても滑り台ってたまにはいいもんですね。  こんな風にまず、穴の底に落ちました。  辺りは真っ暗で、すごく静かだった。  特に暖かくもなく、寒くもなく丁度いい温度だった。  なにしろ真っ暗なので、どうしていいか分からなかったのでしばらくじっとしていた。  いやぁ、こんな風に突然穴に落ちるなんて滅多にないからねぇ。  だから普段考えない、いろんな事を考えてしまったよ。  最初に思い浮かんだのは、小学生の頃の記憶。  もう、随分昔のようだけれど、私、小学三年生の頃、隣町に引っ越したんだっけ。  そこで初めて別れというものを経験した。  人との別れ、住んでいた家との別れなど、そこにはいろんな別れがあった。  狭い団地暮らしから新しい一軒家の引っ越しだったので、自分の部屋も与えられるので、 わくわくの気持ちが最初は勝っていた。  だけど引っ越し当日、荷物を全部積み来んで空っぽになった部屋を眺めると、知らない内に涙が出ていた。  当たり前の風景が、もう見れなくなるというのは、なんとも寂しいものだ。  心機一転、新しい土地に引っ越して私は、またそこから楽しい日々が始まるはずでした。  でも、実際に私を待っていたのは、苦痛の毎日の始まりだったのだ。  まず、周りの人たちと全然なじめなかった。  最初の方こそは、話しかけてくれる人はいたんだけど、何か人の種類が違った。
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