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「起きてください。環」
眠い。無理だ。瞼が重い。
いやいやと頭を振ると、頭を撫でられる。
「なんて我儘で可愛い生き物なんでしょう。はぁ…仕事に行きたくないなんて初めて思いました。」
頭の上でぶつぶつ文句を言われ、額にふにっと何かが触れた。
「行ってきます。」
(…いってらっしゃい)
心で呟いて、薄目で見送ると一条は仕事に行った。そして、俺は再び眠る。
お昼すぎ携帯の着信音で目が覚めた。
ディスプレイを見ず寝惚けた頭で電話に出ると、俺はその声に飛び起きた。
「…今、どこにいるんだ環。
環に会いたい。狂いそうだ。
あいつが嫌だって言うなら離婚する。
だから戻ってきてくれ。」
涙混じりの肇だった。しまった。いつもは出ないのに。寝起きで油断した。
動揺して、黙ってしまう。
「環、環、環。
何か言ってくれ…
環がいないと、俺は…」
「…肇、ごめん」
言葉が見つからない。何を今更言えばいい。離婚ってなんだ。俺のせい。駄目だ。俺が他人の幸せを奪ってしまう。
「環…好きだ。戻ってこい。お前が好きなんだ。お前がいなくなって初めて分かったんだ。環がいないと俺は生きていけないんだ」
やめろ。やめろ。やめろ。
「好きだ、環」
「やめろ!!」
電話を切り携帯を壁に投げた。嫌な音がしたがかまってられない。
俺は家を飛び出した。
一人でいたら頭がおかしくなる。
(好きだ、環)
嘘だ。嘘。あいつが俺を好きなわけない。ないものねだりなだけだ。違う。好きじゃない。
無我夢中で走っていて初めて気付いた。
(俺、裸足だ…)
足から血が出ている。
しかも人に見られている。
それを自覚した瞬間、頭が恐怖で埋め尽くされる。知らない人に声をかけられる。怖い。
俺はまた走る。身体が震えても、呼吸がおかしくても。
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