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 昨日の夜から十時間かけてたどり着いたフェンスの抜け穴を探して、ナツは自分の身長ほどもある草地を歩いた。履いて来たビーチサンダルは途中で鼻緒のところが千切れてしまい、歩くたびにつま先がパカパカと口を開いた。それでも底があるだけマシなので履き続ける。背中に背負った風呂敷も重いし、喉もカラカラだが仕方ない。今日は思ったより暑かった。移動にはあんまり向いてない日だったが、ドクの天気予報が外れるのは珍しいことじゃない。  棘のついた細かい金網の柵が目の前に屹立している。ここから向こうは居住許可地だ。ナツが今いる地面は、居住不許可地である。ナツの身長の二倍か三倍ほどの高さの金網によって、その区分けが示されている。ただ、これは三十年ほど前に作られた仕切りで、今ではそんなことしなくても向こうからは誰もフェンスを越えようとはしない。ナツがいる側は危険な『汚染地区』であり、フェンスの向こうは『安全地区』だからだ。金網の存在価値は、今では小動物が入り込まないようにという程度のものになりつつある。  金網の上にはきれいな青空が広がっている。ナツはそれを見上げ、雲が流れるのを数秒間眺めた。わずかな風が頬を撫で、こめかみから頬に流れて来る汗を冷やした。  古いフェンスにはあちこちに穴が空いていた。ネズミぐらいなら出入りしてそうだとナツは思う。虫とか花粉とか種とかも出入りしていそうだ。風に乗ってフェンスの上を軽く飛び越えていくものだってありそうだ。それに、今ではフェンスには電動のこぎりで切った小さな扉がついていて、知っている者はそこを通って出入りできる。  ナツも扉を見つけてかけてあった鎖を外し、四つ這いでフェンスの向こうに入る。そして鎖をまた突起にひっかけて戻しておく。扉の周りの金網には棘が少ない。誰かが使いにくいからと処理したのだろう。フェンスを抜けても、しばらくは背の高い草地が続く。ナツは腕や顔を草で切らないように注意しながら歩いた。
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