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 徐々に草は背を低くし、そして三十分も歩かないうちに、白い壁の工場街に出る。三階建てぐらいの全く同じ形の建物が延々と並び、ナツは幼い頃、何度ここで迷子になっただろうかと苦く思い出す。白い建物の壁に黒い文字で数字が書いてあり、それを辿れば現在地がわかるのだと教わるまで、ナツは必ずといっていいほど毎回道に迷った。今ではもうわかる。一番近くにある建物の数字は、二つの玉が積まれているものに、それに続いて縦の一本線があるから81だ。ナツが使う扉はいつもこの81の近くの扉だった。  工場街に人気は少ない。ほとんど機械がやっているらしい。この白い建物で野菜や鶏肉が作られていると聞いたことがあるが、ナツには信じられなかった。工場製の野菜や肉は高価でナツには縁がなかったし、興味もない。食べるものなら森に帰ればある。森にはたいてい何でもあったが、もちろん足りないものもあり、それを手に入れるためには街に来なければいけなかった。  ナツは工場街を抜け、工場街と居住地をあいまいに区分ける花畑を歩いた。かつてはきれいな花畑だったのだろうが、今では花畑とは名ばかりの雑草地である。それでもナツはそこでよく寄り道をした。居住地付近の草には安心して触れることができるし、花の密を吸うこともできる。春は野いちごがあり、秋にはグミがたまに見つかった。  花畑を抜けるとようやく人の住む居住地になる。そこがナツの目的地だった。  花畑の辺りはポツポツと家や昔ながらの商店街があるだけだが、もっと先には中心街があって、車が蟻みたいに密集していて、高い建物にはギラギラした板がついていて動く絵が映っていると知人が言っていた。ナツは中心街まで行ったことはない。中心街に行くのは命がけだ。この辺でも充分危険なのに。  昼食時のせいか、家々からはいい匂いが漂っていた。空腹を抱えたナツは立ち止まって匂いを鼻に吸い込み、今日もし何か売れたら久々に町で食べようと思った。 「ガラコジか」  後ろから声がして、ナツはハッと我に返った。そうだった、妄想に浸っている場合じゃない。声の主が誰かも確認せず、猛スピードで走り出す。目の前の角からも人が出て来るので、それを避けて反対側の角へ曲がる。ビーチサンダルが壊れているのがマズかった。ステンと転んで、背中の荷物が道に散らばった。
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