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 散髪が終わり、ナツは自分で髪の毛をガシガシ擦って切れた髪を振り落とした。それから店主の方に行って、リストを眺める。字はほとんど読めないから、添えられた写真やイラストを眺めることになる。そのリストはいわば注文書だ。持って来てもらいたいモノを説明したもので、ナツは『居住不許可地』からそれを持って来る。 「この人形と、時計はたぶん合ってるだろう。前金で払っておいてやるよ」  店主が一万円札を二枚出す。ナツが手で持って運べるものなら、どんな荷物も一つ一万円と決まっていた。店主はそれを客にいくらかで引き渡す。客は喜んで金を払う。世の中にはもっと大金を取る業者もいるし、代替品で誤摩化そうとする詐欺師もいる。そんな中では『はなえ堂』はナツ側にとっても、客にとっても悪い商売はしてなかった。ナツはこれまでに他の店の注文に答えたこともあったが、何かと文句をつけられて苦労して持って来た荷物が一つ数百円で買われた経験もあった。まだナツも小さかったから、きっと誤摩化されたのだ。 「あと、前回の分で買いがあったのが、コレとコレ」  老人は分厚い眼鏡を少し引き上げ、リストの赤い丸印を指差した。そして一万円札をまた二枚置く。合計四万円。 「まいど」ナツは金を掴んでニコリと笑った。 「残りは問い合わせがあったら、また次回支払う」  老人はパタリとリストのファイルを閉じて、机に並んだいくつかの商品を個別にビニル袋に入れ、機械にかけて密封した。  夫人は散髪の後を掃除した後、奥から皿を運んで来た。彼女の手に合わせた小さめのおにぎりが二つ乗っていて、ナツはそれを見て腹がグウと鳴るのを止められなかった。 「靴がいるな」老人は棚から古いスニーカーを出してきた。縫い目が少しほつれていたが、まだまだ充分使えそうだった。「サイズが合うなら持って行きなさい」  ナツはそれを履いてみた。少し大きかったが、紐でギュウギュウ縛れば何とかなりそうだった。 「払うよ」ナツはカーゴパンツのポケットを探った。百円玉や十円玉を握って手を広げる。 「じゃぁコレだけもらっておく」老人は百円玉を一つ摘んで取った。「どうせゴミ箱行きのモンだ」  ナツはポケットに小銭を戻し、靴の中に紙幣を一枚ずつ入れた。そして下着のシャツの裏に作ったポケットに残りのうち一枚を入れ、小銭を入れていたポケットに一枚を入れた。 「火の森は変わりないか?」
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