1950の一瞬

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 急ブレーキの音を響かせ、前につんのめるようにして、車が止まった。 「なんだ?」  急激な眩しさを感じながら顔をあげれば、フロントガラス越しに対向車のライトが見える。事故かと思うほど近くに車が迫っていたが、急ブレーキ以外の衝撃や音は聞こえなかったことから接触は回避したらしい。 「クソッタレ! いきなりこっちの車線に入ってきやがった」 「どうする?」 「酔っ払い運転手をぶん殴ってやる」  苛立ちをハンドルにぶつけても収まりきらず、男は車を降りていった。  男だけでなく、相手ドライバーも車を降りたようだ。汚れと眩しさではっきりと見えなかったが、頭から引っ張って伸ばしたみたいに、縦に長くて横に細い。殴ったら吹っ飛んでしまいそうなほどに痩せた男だった。  私も車を降りようかと迷ったが、残ることにした。  炭酸の抜けたコークの香りと乾いた埃の匂いが充満する車内はまるで映画館のようだった。私は椅子に座り、フロントガラスに映し出される映画を淡々と眺めている。  嫌な予感があったのだ。男に胸倉をつかまれている相手ドライバーは、やけに細く痩せていて、不気味で――  瞬間。私は聞いた。  壊れる音。何かを奪っていく一瞬。それが通り過ぎる時はこんなにも空気が震えるのか。
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