1950の一瞬

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 ハンドルを握りしめているのは強盗計画を立てた男だ。視界不良のフロントガラスも慣れているらしく、鼻歌を混ぜて上機嫌だ。 「カーラジオをつけるよ」  お世辞にも上手とは言えない鼻歌を止めるべくカーラジオのスイッチを入れた。流れてきたのは懐郷や寂しさといった言葉が詰めこまれたカントリー・ミュージック。好みの曲とは言い難いが、男の鼻歌が止まったのでよしとしよう。  先ほどまで音程のずれたライブを披露していた男はというと、眉を寄せ、それから唾を吐き捨てるように言う。 「嫌な曲だ。育ちのいいヤツが聴くもんだろこれは」 「君の好みに合いそうな曲ならぜひメンフィスへ」  よくわかっている、と男は笑った。 「目的地はメンフィスにするか」 「遠いぞ。私の尻が石のように固まりそうだ」 「長旅でもいい。俺たちはもう帰らないから」  文字だけなら悲劇的なのに、そう思わせない明るい声色で男は続ける。 「俺たちは歴史に名前を残す。そのために――人を殺して金を奪う。強盗殺人をする」  振り返って後部座席を見る。そこには薄布をかけて隠した二丁のライフル銃。犯罪者になる未来への切符だ。 「思い返せば、何のために努力をし、何のために生きてきたのかもわからない生活だった。唯一誇れるとすればドラッグに手を出さなかったことぐらいだ」 「それは素晴らしい。胸を張れよ」 「いいことのない人生だったよ。希望なんて炭酸の泡みたいにすぐ消えちまう」
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