1950の一瞬

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***  しばらく経ってからのこと。男が切り出した。 「……未来って、どうなっているんだろうな」 「随分ぶっ飛んだ発言だ。一日運転しているだけで頭がイカれたのか?」  からかう私に対し、男の声音は落ち着いたものだった。それは、酒を飲んでも酔えない深夜の語りに似ている。 「昔は、白人と黒人が一緒にバスケットボールをするなんて想像もしていなかった。ましてや同じユニフォームを着るなんて信じられなかったよ」 「そうだな。私も想像していなかった」 「一瞬で新しいものに変わっていく。明日はどうなっているんだろうな」  言葉だけならば明日を楽しみにしている子供のようなのに、夜の闇に包まれた車内のおかげで男が達観している印象を受けていた。  まるで男が明日を拝むことができないと言っているようではないか。死相のような重く嫌な気配が流れている気がして、吹き飛ばすように私は軽口を叩いた。 「明日は黒人が大統領になっているかもしれないぞ」 「ハハッ、それは素晴らしい。ぜひ見てみたいよ」 「そういう話だろう? 明日のことなんて誰にもわからない。幸せでも不幸せでも、この一瞬を噛みしめていくしかない」  私が言い終えると、男は深くため息を吐き、ハンドルを掴んでいない手で頭を掻いた。ぐしゃぐしゃと髪のかき混ぜられる音は、コークの炭酸が抜けていく音に似ている。  男の心中はなんとなく察していた。やけくそになって強盗計画を立てていたくせに、未来のことを語りだしたのだ。男が立てた強盗計画は完璧とは言い難い。マイアミに墓を立てにいくようなものだ。そのことに気づき、もう少し生きていたいと思ったのかもしれない。 「引き返そうが、マイアミでピクニックをしようが、私は構わない。君が選んだ一瞬に付き合うよ」  あとは男が喋るのを待って、その決断に付き合ってやろう。胸ポケットからたばこを取り出した時だった。
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