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仮に、もう一度薫との結婚が考えられるかというと、否。恋人同士に戻るのは、かまわない。付き合ったとして、今までも別に他の女とどうこうなりたいと思わなかったのだから、俺にはデメリットはない。
違う相手が現れたら、きちんと別れてから進みさえすればいいのだ。
それでも、今の関係を、精算してしまう。一番現実的なのは、これだ。
薫が寝室に入ってきた。俺のことを見据えたまま近づいてくる。化粧を落とした後の方がきれいだ。目許が曖昧な方が……あるいは、唇の色が淡い方がいいのかもしれない。
俺の隣に腰掛けた。
「別れ話? なんて言うのかしらこの場合」
俺も的確な言葉は思いつかなかった。
「まあ、とにかく、話はある」
「気になる女でもできた?」
「それもない」
薫は立ち上がった。
「それなら、湯冷めしないうちに、ベッドに入りましょう」
俺の手を取る。
今、薫の手を振り落とし、部屋を出て行くという選択は考えられない。俺は立ちあがり、促されるままに横たわる。薫の甘い匂いが鼻腔を満たす。男と女であるがゆえに、単純にはいかない。
俺は、薫の体温を感じながら、病床にいたあいつの言葉を思い出していた。死に行くものの出した結論は「すべての『欲望』は種を絶やさないためにある」だった。
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