それは愛ではない何か

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☆ 「北新地に新しいワインバーができたの」  薫から、最初にそう誘われたのは三ヶ月前だ。俺はその頃多忙を極めており、断った。その後も月に一度電話がかかってきた。ようやくタイミングが合い、飲みに行くことになった。今よりもずいぶん若い頃、真剣に結婚を考えたこともある相手だ。  俺の知っている女の中で一番頭が切れる。  薫は大きな法律事務所で働いている。時々、重要事件にもかかわっている。美人弁護士として雑誌に取り上げられたこともある。最近目にする「美しすぎる何々」と書かれればそぐわないが、一応は美人の部類に入るだろう。それも和服が似合うタイプだ。ただし、しゃべらなければという条件が付く。  叔父の法律事務所を継ぐ前に、参加していた勉強会で知り合った。  あの頃は俺もまだ若く、体重も標準的だった。  薫は、学生だった。父親も弁護士をしていてそのつてで来たのだ。五つ年下だった。俺より少し背が高い上に、かかとの高い靴をはいていた。知り合ったその日に、次会う約束を取り付けられ、二人で会ったその日には、一人暮らしのマンションに連れ込まれた。断る理由はなかった。  それから三年ほどはつき合っていた。  プロポーズをしたら「結婚がしたい人だと思ってなかった」と言われた。 「結婚には、お互いに向いていない。私は無駄な努力はしないことにしている」  一応は傷ついたが、納得もした。  そこからだ。お互いにフリーの時は会い、男女の関係を持つ。  なんとかフレンドと呼べるかわいらしいものではなく、法に触れずに、安全に、性的欲求を満たす手段になった。  薫はもてる。だが、いつも長続きしない。  続かない理由は様々だった。 「頭が悪い」「大した能力もないのに私を下に見る」「マメで気持ちが悪い」  大概が、付き合い始める前に気づけることだった。  別れた後は俺を呼び出し「全部ひーくんが悪い」と責めた。  その呼び方はやめてほしいが、酔ったときにしか言われないので放っている。
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