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人はいつでも正しくいられるほど強くはない。俺と薫に共通している基準は「法をおかすわけにはいかない」だろう。ともすれば、法さえ守ればすべてを許しかねない。危うい基準ではある。詳しいだけに余計にだ。
薫が結婚に抵抗を感じるのは、法の拘束力を知っているからだ。
仕事でよく離婚の相談を受ける。別れたがっている側については、かつては愛したはずの相手に憎悪さえ抱いている。
薫との関係を終わらせたいと、明確に考えているわけではない。
ただ、このままで良いか、検証が必要だ。
俺をじっと見つめていた薫が、微笑んだ。
この感じはまずい。
「まさか、誤魔化せたと思ってないでしょうね。ここ数ヶ月に何があったか、私に訊く権利はないけれど、話してくれても良いのにと思うのは自由。そうでしょう? 積み上げてきた時間に照らし合わせて、私の期待に応えるか応えないか、どちらが相応しいかしら?」
話す必要はない。それが結論でも反論をした先がどうなっていくかは容易に想像できる。
薫が男と続かない理由は、こういうところにあるように思う。優しげに微笑んだまま、有無をいわさぬ言葉が延々と続く。薫に関してだけは、こちらが折れてすむことは、すぐに受け入れる。
「わかった。話すから。それでいいだろう」
店を出て、薫のマンションへ向かう。いつもなら、この段階で腕にまとわりついてくるが、今日は微妙な距離を置かれている。
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