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「よっぽどのことがなけりゃ、泣かないからな」
薫が「そりゃそーね」と呟いた。
「俺が泣いたら、みっともないだけだろう。お前は、少しはかわいげがあっていいけどな」
薫は酔うと時々泣く。薫に泣かれた時の、あの不思議な感情は説明がしにくい。普段は、女に泣かれると苛立ちを覚えるが、薫だけは違った。
「ひーくんが会ってくれないから、一人で泣いた……」
酔ってもいないのにそう呼ばれるのは珍しい。薫でも、そんなくだらないことで泣くこともあるんだろうか。こんな風に甘えてくることも最近はなかった。
よく考えれば出会った頃の薫は二十歳だった。付き合っていた当時は、俺にだけはこんな一面をみせていた。
「薫、お前、ひょっとしてもう三十か?」
「改めて訊くようなこと? 自分の歳から引けばわかるでしょう」
不機嫌そうな声が聞こえる。薫でも、年齢を気にするのか。
「少々歳をくっても、お前は全然大丈夫だって」
「どこが、どう大丈夫なの……」
いつもと違うのは、俺ではなく薫の方だ。
「友達のことって言われても、それだけじゃない気がする」
薫は、やはり俺が違うと言う。
「泊まっていくでしょう」
すぐには返事ができなかった。
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