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ーゆるりと日は昇るー
自分には何も出来ない。
だからこそ努力をしてきた。
それでもダメだった。
だから諦めた。
だからもう無駄な努力はしない。
今、自分の掌の上にあるモノが守れればそれでいいのだから。
あぁ、またこれかと思う。
そろそろ来るだろうなと予想はしてたけど・・・。
霧が淀む暗澹とした空間の中、3つの人影が揺らぎ接近して来る。
何度目?と聞かれてもその回数を思い出すことすら億劫になるくらい見てきたこの光景。
大きく溜息を落として両拳を握り締めたその瞬間、周辺の霧が暗黒とともに晴れ渡り急激に意識の感覚が薄くなる。
珍しいパターンだと思いながらもなんとなく心底安堵してその流れに身を任せて自分の意識を浮上させた。
瞼奥まで届く強めの日光と頭頂部に走る衝撃が覚醒を誘発する。
思った以上に上げ辛い瞼をなんとか押し上げて目をこすりこすり報復の相手を探す。
見つけた。
同時に振るう拳が何の容赦も無くその華奢な体にメリ込む・・・なんて事は無く椅子に座っていた筈の俺の体の重力感が一瞬で無くなり気がつけば空転をもって床に叩きつけられる。
全身を貫通する鈍痛に咳き込みながら報復相手の顔を見上げる。
その時、はためく着衣の下の純白の布地が見えたのは内緒だ。
「おい、巫山戯んなよ?」
「爆睡王子が何言ってんの?」
夏服についた埃を払い落としながら椅子に座り直し長机の上に散乱した大量の本を積み上げ直す。
「俺はお前のせいで夏休みにも登校しているんだけどな?」
「確かにそうだけど誰も爆睡しろとは言ってないよ?」
ああ言えばこう言いやがって・・・。
そう苛立ちを放っていると悪戯っ子のような笑みを浮かべていた少女の顔が急に曇る。
「・・・今日・・・だね。」
「・・・だな。」
そう、今年もこの日がやって来たのだ・・・。
もう3年も経つのか・・・あんなに楽しかった日々がこんなにも記憶の奥底で霞んでいる。手早く本の山を片付け図書室を出て降り注ぐ真夏の日差しの中、俺たちは彼女の元に歩き始めた。
気がつけば見慣れた雑木林を抜けた所に静かに佇む荒れ果てた家の裏、周囲に比べて整えられたエリアにただ鎮座するまだ少し綺麗な3つの墓石。
2人の間には恐ろしく短く長い沈黙が立ち込め当時の惨劇の様子を背後の建造物に投影していく。霞んだあの頃の楽しい日々、それでもこの日の出来事だけは一言一句、一挙手一投足に到るまで鮮明に覚えている。
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