記憶奏多

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「………なので、xにこの数字を代入すると」 じわり、じわり、夏の汗ばむ音が聞こえる。これは、蝉の鳴き声か、それとも遠くから聞こえる、どこかの芝を刈る音か。 窓側の席は、膨らむ白いカーテンが、たまに頭をかすめ、ふわりと寄せては反す。リズムよく、ふわり、また、ふわりと。 「で………おい、桜木、聞いてるか」 机に伏した僕に、先生は気が付く。とはいえ、授業が始まって、もう20分もこの調子だ。僕の脳みそは、もはや、夢と現実をとっくに行き来していた。 「桜木、お前、受験生だろ~堂々と居眠りするんじゃない!」 僕ら3年C組の担任で、数学教師の、富樫先生は、熱いと言わんばかりに、そのシャツを腕捲りして、僕を起こす。 クラスメイトが、クスクスと笑って、僕なのか、富樫先生なのか、はたまたどちらもなのか、意地悪な賭けをしていた。
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