文句は受け付けません

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躊躇なく服を脱いで新しいシャツに袖を通す彼を見ると、体型は変わらないが俺よりも筋肉がついたカッコいい体をしている。 「苦しくないですか?」 「ああ、大丈夫だ。何から何まですまない。それにしてもこのシャツは着心地がいいな」 「ありがとうございます」 高屋敷さんにネクタイを渡してしまったので、ロッカーから出したネクタイを締めながら、この後の予定を頭の中で組み立てる。 「汚れた服はクリーニングに出しておきますね。急ぎましょう」 高屋敷さんと一緒に総務部に戻ると、指示した通りにきちんと書類が机に置いてあった。 さっきは慌ててオロオロするばかりだったが、本来の棚橋さんは優秀な社員だ。 別の会議室に忘れ物をした専務のお使いでたまたまあの場面に遭遇したから俺が取り仕切ってしまったが、棚橋さんなら別の方法できちんと対処出来たに違いない。 「高屋敷さん、書類の確認をお願いします。作成し直し等があればお手伝いしますので」 「分かった」 俺は、目の前で真剣に書類を見つめる高屋敷さんを観察した。 社長の子息でトップ営業マンという先入観からもっと押しの強い人物を想像していたが、実際に接してみると全然違う。 大切な商談を控えた時に服や書類を台無しにされたのだから、普通は怒鳴り散らすぐらいはするだろう。俺が彼の立場ならきっとイライラをぶつけてしまう。だけど、この人は文句1つ言わず俺の指示に黙って従いお礼まで言ってくれた。 ━━そうか。こういう風に人間が出来た人が上に立つ人なんだ。
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