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二、並木道、アトリエ
孝は、並木の坂道を登っていた。隣にはあの人が、わずかな距離を保って歩いていた。
近い。―― 孝はそう感じるようになっていた。
跨線橋のうえで初めてその人のそばに立ったときは、何かこう、ぼうっとした心持ちになっていたため、よけいな感情を覚えなかったのかもしれない。
あの日の夜、風呂あがりの洗面所で鏡に映る自分のほてった像を見たときに、孝は自分の心を知った。
「来週、また会える?」
「はい。どこへ行きましょう」
あのとき、よくもそんな受け答えが自然にできたものだと、孝はわれながら感心していた。
その人は、名前を「小萩」と告げた。
本名かもしれないし、そうでないかもしれない。もしかすると、季節限定の名前かもしれないし、そもそもこの人は、この時季にしかいないのかもしれない。―― 孝はそんなことを思いながら、隣で揺れる銀色のショートカットに目をやった。
「小萩さん」
「どうかした?」
「……いや、呼びやすい名前だなと思って」
「バカにしてる?」
彼女はそう言って軽く笑うと、視線をふたたび前へと戻した。
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