0人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女の描く絵は、風景画が主だった。明るい色彩に、おおらかな筆致。輪郭がぼんやりとしていて、自然と見惚れてしまうような、幸福な絵。
「気休め」
「え?」
「こういう絵画の副作用」
「じゃあ、主作用は?」
「……考えたこともない」
彼女は穏やかに笑った。
彼女が笑うとき、孝はいつも不思議な感覚にとらわれる。彼女の笑みにはどこか淋しげな、あきらめのような色が混ざっているように感じられたからだ。それでいて、芯からうれしそうな、これ以上ないほどに幸福そうな表情をしているのだ。
「肖像画は?」
「人を描くと疲れるから」
「根気がいるんだ」
「いろんな意味でね」
彼女は窓に目を向けた。窓の向こうにはテラス、その向こうに紅葉の並木。さらに遠く、町の灯があった。
「人を描くってことは、人間を描くってこと。……わかる?」
彼女はふたたび、孝に笑いかけた。穏やかな微笑み。
そして、言った。
「描いたげようか」
最初のコメントを投稿しよう!