二、並木道、アトリエ

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 彼女の描く絵は、風景画が主だった。明るい色彩に、おおらかな筆致(タッチ)輪郭(りんかく)がぼんやりとしていて、自然と見惚(みと)れてしまうような、幸福な絵。 「気休め」 「え?」 「こういう絵画の副作用」 「じゃあ、主作用は?」 「……考えたこともない」  彼女は穏やかに笑った。  彼女が笑うとき、孝はいつも不思議な感覚にとらわれる。彼女の笑みにはどこか(さび)しげな、あきらめのような色が混ざっているように感じられたからだ。それでいて、(しん)からうれしそうな、これ以上ないほどに幸福そうな表情をしているのだ。 「肖像画は?」 「人を描くと疲れるから」 「根気がいるんだ」 「いろんな意味でね」  彼女は窓に目を向けた。窓の向こうにはテラス、その向こうに紅葉(もみじ)の並木。さらに遠く、町の()があった。 「人を描くってことは、人間を描くってこと。……わかる?」  彼女はふたたび、孝に笑いかけた。穏やかな微笑(ほほえ)み。  そして、言った。 「描いたげようか」
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