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無骨な手の温もりが――
いつもしかめっ面で話しかけてもにこりともしない、返事すらひとこと返ってくればいい方で。ずっと嫌われていると思っていた。むしろ憎まれているといってもいいかもしれない。
だって、おじいちゃんの大事な娘の命が失われたのは僕がこの世に生まれてきてしまったからなのだから――。
自分の命と引き換えにこの世に送り出してくれた母さんの記憶は、当然僕には無い。
愛妻を亡くした父さんは、母さんにそっくりな僕を見ているのが辛いと、田舎にあるおばあちゃんの家に生まれたばかりの僕を預けたまま、一度も会いには来ない。毎月義務は果たしているとばかりに、きっちり送られてくるお金だけが、僕と父さんを結ぶたったひとつの繋がりだった。
写真でしか見たことのない両親。
幼稚園くらいの頃、商店街におばあちゃんと買い物に行ったときに両親と手を繋いで歩いている同じくらいの子どもを見かける度、どうして僕には手を繋いで歩いてくれる母さんも父さんもいないのか不思議で。
問いかける僕の言葉に、おばあちゃんが困ったような苦しそうな顔をするから、幼いなりに聞いてはいけないことなのだと悟った。聞いてはいけない、そう思って口には出せずに、でも、幸せそうな『家族』の姿を目にする度に、淋しさが澱のように心の中に積み重なっていった。
小学校に高学年になったころ、おばあちゃんから母さんが僕を産むときに死んでしまったこと、父さんが仕事をしながらひとりで育てるのは大変だからとおばあちゃんの家に預けられたのだと話してくれた。茶の間にはおじいちゃんもいたけれど、眉間に深い皺を刻んだまま仇のように睨みつけた硬い八朔の皮を無言で剥いていて、僕の方にその視線が向くことは無かった。
ほんのりと暖かい炬燵の温度とおじいちゃんの皺の目立つ節ばった指が引き千切った八朔の皮の香りが、今でも鮮明に記憶に残っている。
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