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残った水を飲んで一息つくと、後頭部にあるコネクタを開いて有線接続を開始した。念のために端末の接続端子に不審なものがないか確認してから、ネットの中に意識を埋没させた。ネットの奥深く、一般人では触れることの叶わない暗く深い領域へと沈んでいく。
身体の感覚が物理現実から遠のくと、男は庭園の中にいた。鮮やかな緑の生け垣と、色とりどりの花々が咲き乱れる庭。空は高く、青く、澄んだ空気に花の香りが漂っている。彼がいるのは円状に敷き詰められた白石の上で、お茶会のための丸テーブルと椅子が並べられていた。
「お早いお着きで」
いつの間にか正面の席に女が座っていた。長いストレートの黒髪で、能面のような顔をしている。今は微笑んでいるのだろうか。少なくとも無関心ではないはずだが、つるんとしたその顔は表情を読みにくい。テーブルの上で組んでいる手も微動だにせず、人形のようだった。仮想空間上のアバターなのだから、事実、人形のようなものであるのは確かだ。
「仕事は済ませた。だが、あれはなんだ?」
露骨に不快感をにじませて男は凄んだ。
「俺は人間以外は相手にしないと言ったはずだ」
「人間でしたでしょう?」
「あれはアンドロイドだ。介護用のシンプルな疑似人格しか持たない、上辺だけを人間に似せた人形。身体改造者ですらないぞ。俺は解体屋でも回収業者でもない。そんなものはどこぞの企業か行政にでも任せればいいだろう。わざわざ殺し屋に頼む理由がどこにある」
「標的が人間だったからですよ」
「馬鹿にしてるのか?」
苛立ちを隠さない男に対しながら、女は優雅にお茶を飲んでいる。香りは男にも届いていた。きっと渋みも甘みも感じるのだろう。茶葉にはきちんと銘柄があり、可愛らしく優雅なポットやティーコージーも、誰かが丹精込めた一品なのかもしれない。だが、それがなんだというのだろう。この偽物の空間の中で茶など飲んで、それが意味をなすとは思えなかった。
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