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なにかとてつもなく恐ろしいものに追い立てられている気分で、乱暴にせわしなく足を運ぶ。そして勢い余って、通りをゆく車の前に飛び出しそうになって、慌てて自制した。ほっと息を吐き、歩行者用の信号を見上げる。赤い人影のランプが、足をトントンと動かして待っている姿が目に入った。
「あなたで十三人目です」
耳元であの女の声がした。冷たい、なんの感情も浮かんでいない声。とん、と背中に衝撃を感じ、激痛に苛まれた。全身から力が抜けて崩れ落ち、濡れたアスファルトに仰向けに倒れ込む。
周囲から悲鳴があがった。
男は見た。手にナイフを持った女性型アンドロイドが立っているのを。見た目はいかにもなロボのようだが、しかしその目の中に、男はあの依頼者の女を見た。
「お前は……なんなんだ」
苦悶しながら、男はそう問わずにはいられなかった。
「さあ。あなたこそ、なんなのですか?」
アンドロイドは覆いかぶさり、男の心臓を一突きする。一瞬遅れて通行人が取り押さえようとしたが、手遅れだった。
男は自分の胸に手をやり、早鐘を打つ心臓を感じてから、手のひらをじっと眺めた。血に濡れた手。多くの人を殺してきたこの手。その中にはなにも残ってはいない。
奪うだけ奪って、結局はなにも得ることはなかったのか。そしていま、奪われる側になった。
誰かが自分を助けようとしているのに気付いたが、もうどうでも良くなっていた。身体の感覚が鈍り、痛みが消えていく。男はまぶたをそっと閉じた。ネットの深層でもなく、眠りの底でもない。自分のうちにあった虚無の中へと少しずつ沈んでいき、不思議と心地のよさと安堵を覚える。やがて、彼のすべてはこの世から消え、無へと帰っていった。
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