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異変
『異変』
家に到着し玄関の鍵を開ける。家の中は真っ暗で静まり返っていた。
「ただいま」
僕の言葉は闇に吸い込まれた。靴を脱ぎ玄関を上がる。自分の動作による音以外はなにも聞こえなかった。両親は既に就寝しているのだろうか。
電気も全て消えていて、あまりに静か過ぎるため、自分の部屋に上がりがてら、両親の寝室の扉をそっと開いて中を確認してみることにした。両親の寝室には誰もいなかった。突然出かけていることは、今までもたびたびあったので、特に気に留めることもなく、再び扉を閉めると、自分の部屋へと上がった。そして、明日の支度をして自分の布団へ潜り込んだ。
眠りにつくと朝は驚くくらい一瞬で訪れる。
起きた時間はぎりぎりで、急がなくては一限に間に合わない。僕は大学へ車で通っている。大急ぎで顔を洗い、昨日支度しておいた鞄を抱え、早足で駐車場に向かった。
いつものように車に乗り込み、キーを回す。心地よいエンジン音と共に車が動き出した。少し急がなくてはいけないが、いつもの朝の始まりだ。いや、いつもの朝の始まりのはずだった。
学校へ向かう道のりを五分ほど進んだところで、違和感を覚えた。その違和感は十分、十五分と走っていくにつれて、だんだんとその輪郭をはっきりとさせていく。おかしい。
静か過ぎる──
他の車のエンジン音。クラクション。小さい子供たちの騒ぎ声。その他、さまざまな音の一切が聞こえない。なによりいつも混み合っている道路に一台も車が走っていない。それだけではない。通行人も一人も見当たらないのだ。
信号待ちの間に外の音を聞こうと窓を開けてみる。耳を澄ましてみるが自分の車のエンジン音以外、なにも聞こえなかった。街は恐ろしいほどの静寂に飲み込まれていた。
誰もいない。そう考えると突如、不安が込み上げてきた。そんなわけがない。不安から逃れるように、自分に言い聞かせる。そんなわけがない。
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