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『携帯電話』
一度、考え始めると不安は止め処なく溢れてきた。誰もいない。誰もいない。誰もいない。誰もいない。
──電話だ。
ぱっと思いついた。とにかく誰かに電話してみよう。
僕は不安を拭うように、ポケットから急いで携帯電話を取り出した。信号機が青になっていたが、もはや、そんなことは気にしていられる心境ではなくなって。
後続車がくるわけでもないし、むしろ、後続車が来てクラクションを鳴らされたら、どれだけ安堵感に包まれることか。
逸る気持ちを抑え、大学の友達を電話帳から探し出し、発信ボタンを押した。
手が汗ばんでいるのが自分でもわかる。
間もなくして、無機質な発信音が受話器から鳴り響いた。無意識のうちに携帯電話を握る手に力が入っていた。
早く呼び出し音が鳴るよう祈った。発信音をこんなにも長く感じたのは生まれて初めてだ。
プッ・プッ・プッという発信音が途絶えた。一瞬、空白の間ができる。そして……
おかけになった電話は電波の届かない──
電話を切り、たまたまだと自分に言い聞かせ、もう一度違う友達に電話をかける。
おかけになった電話は電波の届かない──
何度か繰り返したが、結果は同じだった。
おかけになった電話は電波の届かない──
おかけになった電話は──
おかけに──
お──
誰にも繋がらない。心臓のテンポが驚くほど高鳴っていく。
僕は、役に立たない携帯電話を助手席に放り投げると、心臓に手を当て、ゆっくりと自分に言い聞かせた。冷静に考えて、人がいなくなるわけがないんだ。
ひとまず、大学へ向かうことにした。大学なら誰かがいるはずだ。根拠の無い希望にすがり、アクセルを強く踏み込んだ。
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